湖広会館

中国語名:湖广会馆
 明代末から清代初めまで続いた50年に及ぶ戦乱により、重慶や四川省の人口は50~60万人まで激減したといわれ、清政府は「湖広」と呼ばれる現在の湖北省、湖南省、広東省などから積極的に移民させた。湖広会館は、これら郷里を同じくする人たちが資金を出し合い、情報交換や互助・福利などを目的として建築した施設群。以前は出身地ごとに八省の会館が重慶市に点在していたと言われる。敷地内には湖広填四川移民博物館も併存し、重慶が移民の街であることを学習できる。
 

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