明玉珍の廟

中国語名:明玉珍睿陵陈列馆
 元から明へと時代が変わる一時期、なんと重慶にも王朝があった。国王の名は明玉珍。元王朝末期、国内各地で発生した武装蜂起の流れに乗り、湖北省の農民から身を起こして自衛団の長となった彼は、蜀(当時の重慶)や四川を制圧。6年後、国号を大夏として皇帝に即位し、その後も周辺地域への侵攻を続けたが、1366年、36歳の若さで崩御。皇位を継いだ息子・明昇は、明王朝を立ち上げた朱元璋に屈し、高麗に帰化した(そのため朝鮮氏族の一つの始祖となった)。古文書には、明玉珍は長江付近に埋葬された旨の記載が残されていたが、1982年、街の再開発中に偶然、石碑、副葬品とともにその墓が発見された。現在、その場所には陳列館が建っており、石室も上から見学ができる。
 

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